OpenSESSAME Workshop 2003 Report
最終更新日 2003年2月19日

OpenSessame Workshop 2003の概要

第1回 組込みソフトウェアに関する教育・育成ワークショップ(OpenSESSAME Workshop 2003)が、”製造業の生き残りを賭けて組込みソフトウェアの競争優位要因を育てる”というテーマで2003年1月10日(金) 東京・赤坂の日本規格協会で開催された。 ワークショップのメイントピックとして、上海ソフトウェア産業協会の常任理事、上海ソフトウェア改善プロセス・ネットワーク(SPIN)のリーダー、そして上海ソフトウェア品質連盟のリーダーを務める 中国・上海の華東理工大学 居徳華 教授(Prof. Dehua Ju)が招かれ基調講演が行われた。

居教授の基調講演の他、SESSAME(組込みソフトウェア管理者・技術者育成研究会) の活動報告や、大学における組み込みエンジニアの教育の実情、居教授を含めた今後の日本の組み込み産業の将来について討論したパネルディスカッションなどが行われ、7時間におよぶワークショップは盛況のうちに終了した。

※ワークショップで配布されたテキストは、次回のセミナー、ワークショップ、展示会等で余剰ぶんを購入することができます。

OpenSessame Workshop 2003 参加募集要項
OpenSessame Workshop 2003 アンケート集計結果

組込みネット 〜 レポート(1) 中国の組込みソフト業界はまだ幼年期、でも成長は早い
組込みネット 〜 レポート(2) 「行うは難し」を知るものは実践に学ぶ


 OpenSessame Workshop 2003のプログラム

0. ワークショップ開催の挨拶(動画6分、18Mバイト)
※この動画を見るにはQuickTimePlayerが必要です。
SESSAME発起人:飯塚 悦功
 (東京大学教授)
司会:二上 貴夫
 (東陽テクニカ)

開催の挨拶
1. 中国のソフトウェアの産業の競争優位要因 居 徳華(華東理工大学教授)
【逐次通訳あり】
アンケート集計結果
2. SESSAMEの活動報告(1)
〜活動の概要と計画
西 康晴(エス・キュー・シー) アンケート集計結果
3. 企業内教育の事例
〜開発現場と連携した技術教育
今田 正卓(富士ゼロックス) アンケート集計結果
4. SESSAMEの活動報告(2)
〜プロダクトライン開発
檜原 弘樹(NTスペース) アンケート集計結果
5. 次代の組込み技術者育成の実践教育 清水 尚彦(東海大学) アンケート集計結果
6. SESSAMEの活動報告(3)
〜オブジェクト指向開発と構造化開発の事例比較
山田 大介(リコー) アンケート集計結果
7. ソフトウェア開発技術力を持つ組織作りのための施策 井上 健(横河電機) アンケート集計結果
8. MISRA-C 研究会の紹介
〜C言語による組込み開発のコーディング標準
山下 庄治(東陽テクニカ) アンケート集計結果
9. パネルディスカッション:
日本の組込みソフトウェア産業の競争力
パネルリーダ:西康晴
  (エス・キュー・シー)
パネルメンバ:
  居徳華(華東理工大学教授)
  飯塚悦功(東京大学教授)
  三浦元(テクノホロン)
  杉浦 英樹(富士ゼロックス)
アンケート集計結果


 プログラム1 「中国のソフトウェアの産業の競争優位要因」

■講演者 華東理工大学 居 徳華 教授(Prof. Dehua Ju)
中国・上海の華東理工大学でソフトウェア工学の教鞭を取り、上海ソフトウェア産業協会の常任理事、上海ソフトウェア改善プロセス・ネットワーク(SPIN)のリーダー、そして上海ソフトウェア品質連盟のリーダーを務める。

■基調講演の概要

【中国のIT関連産業の現状】
中国の経済は発展を続けており、特に3C(Computer:コンピュータ、Commnucations:通信、Consumer:消費者)のキーワードに集約されるビジネスは急速に成長しつつある。

中国の I T 関連産業の現状 規  模 備  考
PCの販売台数 850万台 2002年実績
ソフトウェア市場の総売上高 104億ドル 2002年実績、サービス産業を含む
2006年のソフトウェア市場の総売上高(予測) 300億ドル 2006年にはインドに追いつくと予測される
インターネット利用者 5660万人 WEB利用者は日本を抜き世界第2位
携帯電話利用者 2億人 2002年末時点
固定電話利用者 4億人 2002年末時点
ケーブルテレビ利用者 8千万人  
テレビ保有台数 3億台  
ビデオ・CDブレーヤー保有台数 4千万台  
2010年時点の自動車製造・販売台数(予測) 1千万台  
組込みソフトウェアの売上高(2001年) 5億8千万ドル 全ソフトウェアの売り上げの14.5%


【政府振興策によるIT関連産業の推進】
中国政府はIT産業に重点を置いており、「科学、技術と教育により繁栄する国家」「情報化により推進される近代化」のポリシーは経済施策において国家の規範となった。

政府振興策による推進 内  容
ゴールデンプロジェクト 潤沢な資金提供によるゴールデンプロジェクトと各都市が資金提供する「情報港、デジタル都市計画」による情報基盤の整備 
中国政府は組込みシステム開発をハイテク・プロジェクトの主要分野の一つと認定。 ベンチャー資金支援
減免税
ソフトウェア輸出促進
技術開発ガイドライン作成
才能ある人材育成システム、核となる従業員に対するボーナスとストックオフション
ソフトウェア企業の格付け、知的所有権保護を含む、中国ソフトウェア産業とIC工業を育成する優先政策
全国に21のソフトウェア・パークを設立 北京のZhongGuanCun 情報基地、上海のソフトウェアパーク、中国中央ソフトウェアパーク、大連・Xianソフトウェアパーク、Nihonbo国際ソフトウェアパークなど。基本整備に数十億ドルを投資。
国家経済発展の必要性から二つの要素を提示 「e-Enterprize」プロジェクトと「e-Government」プロジェクト。
ソフトウェアパッケージにおける政府調達金額は2001年度にソフトウェア市場全体の14%を占め主要市場活力となっている。西側の独占排除のために政府は独自著作権を持つ国内ソフトウェア製品を優先調達している。また、一方でサービス品質と成熟度を上げるため、情報産業省ではソフトウェア会社とその製品の認証、承認を行っている。


【インドとは異なる戦略】
中国はインドのソフトウェア開発における成功を参考にしながらも、インドとは異なる戦略を用いる。

中国のソフトウェア産業を発展させるための戦略 内  容
二本足の開発 インドの一本足戦略に対して、海外と国内市場の両方に力を入れる。
輸出入のバランスを重視する 国際経済時代における国際的なビジネス協力
ソフトウェアとハードウェア産業の統合 中国にはソフトウェア産業のみならず、インドに勝るハードウェア産業の市場がある。


【ソフトウェアエンジニアの教育】
中国ではソフトウェアエンジニアの教育を産官学が一体となって推し進める。

中国のソフトウェアエンジニアの教育政策 内  容
大学 1225大学のうち、1023の大学にコンピュータ科学関連学科があり、475校が定期的なコースを準備している。
コンピュータ科学専攻の学生 58万1千人を超える。
ゴールデントライアングル 先進的な開発のために、ゴールデントライアングル(産業、大学、研究機関の連携)を形成し特にソフトウェア分野において顕著な成功を収めた。
1999年にWindowsCEのVenus(ヴィーナス、西洋の女神)プロジェクトに対抗する組込みOS、HOPEN(Hope+Open)を開発するNuwa(中国の女神)プロジェクトを北京ソフトウェア技術センターが発表。
ウミガメ集団 80年代、中国は高度な学習のために「海外に行こう」という改革開放路線に転じた。今日の中国経済の発展と先進国の景気低迷から、よりよい発展機械を求めて新しい「回帰」現象が起こっている。この「ウミガメ集団」は中国近代化の主力となった。


【中国のIT産業や組込みソフトウェアの問題点と解決策】
中国のソフトウェア産業においては現在次のような問題点がある。

中国のソフトウェア産業の問題点 内  容
海賊版ソフトウェアの横行 海賊版ソフトウェアの存在は中国にとっても不利益をもたらす。
IT産業の会社の規模 現在のIT産業関連の会社の規模が小さい。(60%は50人以下で設立から5年以内)
IT関連の中小企業は数多く存在するが、これらの企業への投資が少なく、運営が苦しい。
IT産業の会社の組織と管理 ソフトウェア産業における、組織の運営や管理が必ずしもうまくいっているとは言えない。(特に製品の品質の関して)

また、組込みソフトウェア産業においては次のような問題点がある。

中国の組込みソフトウェア産業の問題点
製品やアプリケーション分野においてまだまだ応用実績が少ない
得意分野がはっきりしていない
今後どんな分野をやっていきたいのかがはっきりしていない

しかしながら、これらの問題について我々は十分に認識をしており、早急に対処したいと考えている。

【2003年上海ITサミット】
中国は産業の世界的グローバル化に追従し、海外の技術も勉強したいと考えている。2003年には上海でITのサミットを開催する。このサミットの目的は、

  1. 海外の企業に中国のIT市場を理解してもらいたい
  2. 中国国内の企業に海外の市場を知ってもらいたい
  3. 海外の企業と提携したい

である。また、企業同士の合併を推奨し、ソフトウェアパーク内に新しいプロジェクトを作り製品管理の知識や、ソフトウェア技術者の管理、ソフトウェアコンポーネントのライブラリを構築しようとしている。
また、ISO9001や、CMM ※1 の考え方を中国のソフトウェア産業界に取り入れようと考えており、これらの基準を満たした企業には政府として最大50%の資金援助を考えている。SWEBOKやPMBOKに基づいたソフトウェアエンジニアの教育も行う。


※1 中国最大のソフト会社、東軟集団(NEUSOFT)は2003年1月、ソフトウエア開発組織の品質管理基準であるCMM(能力成熟度モデル)の最高ランクレベル5を中国企業で初めて取得した。

【ソフトウェアエンジニアの教育について】
人材育成の戦略は特に重要であると考えている。中国では潜在的にソフトウェア技術者の人材は多くいるものの、実践的な人材はまだ不足している。中国もインドのようなITトレーニングシステムを行うために、大学の授業にITトレーニングのコースを作るつもりである。上海政府は現在3万2千人いるソフトウェアのスペシャリストを2005年までに10万人にすべく、5つの大きなソフトウェアトレーニングセンターを作った。IC設計のトレーニングも優先度が高いと考えている。現在は、インドのITトレーニング会社が中国に多く入り込んでいるが、将来は中国企業によるITトレーニングビジネスを確立していきたい。

【競争か、協調か】
一つの企業が世界の市場を独占することはできないと考えている。「競争」と「協調」この二つは矛盾するかもしれないが、どちらもよい面があり、決して「競争」と「協調」は排他的ではないと考える。組込みにおけるアジアの市場はとても大きい。私たちアジアの国々が協力しあうことで、西側と対抗していきたいと考える。

■キーワード・キーセンテンス
 「3C(Computer:コンピュータ、Commnucations:通信、Consumer:消費者)」 「ゴールデンプロジェクト」 「ソフトウェアパーク」 「産官学のゴールデントライアングル」 「ISO9001」 「CMM」 「ウミガメ集団」 「二本足の開発」 「2003年 上海ITサミット」 「ITトレーニング」 「競争と協調は排他的ではない」 「アジアの国々の協力」

 プログラム2 「SESSAMEの活動報告(1)〜活動の概要と計画」

■講演者 西 康晴(エス・キュー・シー)
SESSAMEメンバー。SESSAMEの世話人。

■概要
2000年秋に発足したSESSAME(組込みソフトウェア管理者・技術者育成研究会)のこれまでの活動の概要と、今後の計画を発表。SESSAMEの活動の目的、成果(知識体系・用語集、文献ポインタ集など)を紹介し、ボランティアベースで活動を行っている研究会への参加を呼びかける。


■キーワード・キーセンテンス
 「SESSAME」 「知識体系・用語集」 「文献ポインタ集」 「スキル標準」 「組込みソフトウェア作成のための設計手法」 「組込みソフトウェア技術者育成カリキュラム」


 プログラム3 「企業内教育の事例 〜開発現場と連携した技術教育」

■講演者 今田 正卓(富士ゼロックス)
SESSAMEメンバー。富士ゼロックス人材研修センターにて技術者の教育を担当する。サービス、製品、技術を生み出しているのは「人」であり、人は財産、その能力を伸ばすことは財産を増やすことと考える。

■概要
富士ゼロックスの企業としての人材(人財)の考え方、2000年に発足した人材研修センターを中心に考える企業内教育の方法や、それに基づいた人事管理制度、技術者の持っているコンピテンシー=能力(知識/スキル)のマネージメントや評価方法を解説する。ハードウェア系、ソフトウェア系、生産系ののべ23分野、135講座を分野長、講座長、講師、事務局(人材研修センター)が協力しあって研修する現場が主体となった研修体制を紹介。

■キーワード・キーセンテンス
 「企業内教育」 「人材研修センター」 「コンピテンシー」 「コンピテンシー辞書」 「現場が主体となった研修体制」 「コンピテンシー強化教育」


 プログラム4 「SESSAMEの活動報告(2)〜プロダクトライン開発」

■講演者 檜原 弘樹(NTスペース)
SESSAMEおよびワーキンググループ1(EEBOF)メンバー。

■概要
SESSAMEワーキンググループ1(EEBOF)の活動を紹介し、カーネギーメロン大学で提唱されたプロダクトライン開発とEEBOFの活動の関係を説明。製造業においてプロダクトライン開発を効果的に行うとどのようなメリットがあるのか、ソフトウェア技術者が変革を実現するためにはどのようにして経営者に問いかけていけばよいのかを解説する。

■キーワード・キーセンテンス
 「EEBOF」 「プロダクトライン開発」 「業務系と組込み系開発の違い」 「場当たり的な再利用から体系的な再利用へ」 「パラダイムシフト」


 プログラム5 「次代の組込み技術者育成の実践教育」

■講演者 清水 尚彦(東海大学)
東海大学電子情報学部コミュニケーション工学科助教授。日立製作所にて大型コンピュータや並列スーパーコンピュータの設計に携り、7つのプロジェクトに参加し6つの製品を開発出荷。しかしながら民間メーカーでのOJTによる人材の育成に限界を感じ、大学において実践的かつオールラウンドなエンジニアの育成を目指す。

■概要
現在の日本の大学における技術者教育の問題点を指摘し、望まれる組み込み技術者像をもとにエンジニア教育には何が必要かを考え、その方策を実践している様子を紹介する。清水研究室の教育方針である「動くものを作る」「楽しいことをやる」「やってみせる」を実践した12のプロジェクトの一部を解説する。

■キーワード・キーセンテンス
「大学教育が役に立たないと言われるのはなぜか」 「学生は研究補助アルバイトではない」 「理論を理解し、優れた例題を読み、実践演習する」 「講義を聴いて、解法を丸暗記し、試験後忘れる学生達」 「動くものを作る・楽しいことをやる・やってみせる」 「学生の力を信じ、自ら例示して見せ、むやみに専門化させない」


 プログラム6 「SESSAMEの活動報告(3)〜オブジェクト指向開発と構造化開発の事例比較」

■講演者 山田 大介(リコー)
SESSAMEメンバー。SESSAMEの主催者である東大の飯塚教授に社内講演をしてもらったことをきっかけにSESSAMEへ入会。ワーキンググループ2において、構造化分析手法による開発とオブジェクト指向による開発の事例を比較する。

■概要
電気ポットの制御ソフトウェアを、リアクティブオートマトン法、構造化分析手法、オブジェクト指向設計の3種類の手法で設計し、設計の際に試行錯誤した内容、特に失敗事例を記録し、失敗から成功へ到達するまでの過程とそのロジックを考察した。

CQ出版社 DesigneWave MAGAZINE 2003年2月号 p114 「できる技術者」のクラス抽出はこんなに違う! に本発表の一部が掲載されている

■キーワード・キーセンテンス
 「リアクティブオートマトン法」 「構造化分析手法」 「オブジェクト指向設計」 「思考過程」 


 プログラム7 「ソフトウェア開発技術力を持つ組織作りのための施策」

■講演者 井上 健(横河電機)
SESSAMEメンバー。横河電機のR&D ITプロジェクトセンター センター長。ソフトウェア開発技術力を高めるための組織作りに尽力する。

■概要
横河電機における開発技術革新のための施策と、このために設立された会社全体の貢献するコーポレイト組織 R&D ITプロジェクトセンターの活動の内容、オブジェクト指向設計を軸にしたソフトウェア技術者の普及を目指すためのバーチャル組織であるオブジェクト指向相談室(OODESK)の紹介。また、情報系新入社員の教育、中堅技術者教育の具体的方法、この取り組みの成果、評価、課題や、測定器開発など組込み分野のソフトウェア開発力が強化しつつあることについて語った。


■キーワード・キーセンテンス
 「開発技術革新のための施策」 「オブジェクト指向相談室」 「オブジェクト指向は、学んだことを次に教えることで理解が深まる」 「レビュー、ペアプログラミング」 「定期的トレースにより、教育内容を生かす」 「3者(教育する側、受ける側、させる側)が、共通の意識を持って教育を行う」 「強い開発力を持つ組織作り」 「eXtreme Programming」 「当たり前にソフトウェア開発のコミュニケーションができる姿」 「ハードウェア出身だから知らないの時代はおしまい」 「ソフトウェア技術向上の旗振り役を明確にする」


 プログラム8 「MISRA-C 研究会の紹介〜C言語による組込み開発のコーディング標準」

■講演者 山下 庄治(東陽テクニカ)
MISRA-C研究会会員。未定義な部分も多いC言語によるプログラム作成をより安全に行うために、組み込みソフトウェア開発プロセス全体の改革に取り組んでいるヨーロッパMISRAが発行した「C言語によるソフトウェア開発ガイドライン」に定められた各ルールを分析し、その解説書を作成する取り組みを行っている。

■概要
C言語は組み込みソフトウェアにおいても、入出力やプロセッサそのものの制御からデータベース、通信プロトコル、アプリケーションまで、あらゆるソフトウェアを記述できる利点があるが、ANSI/ISOによる規格化にあいまいな点があり、プログラマが予測しないようなアセンブラ命令をコンパイラがはき出す可能性もあり、諸刃の剣でもある。
自動車内に実装されているさまざまな電気制御ユニットの大部分にC言語が使用され、自動車の電気制御ユニットのソフトウェアの安全性を高めるために、組み込みソフトウェアの開発プロセス全体を改革しようという動きが、世界の自動車業界で検討されている。この中のMIRAの下部組織であるMISRAが発行した「自動車用C言語利用のガイドライン」の特徴について語った。

■キーワード・キーセンテンス
 「組込みソフトウェアとC言語」 「自動車内の電気制御ユニット」 「MISRA-C」 「ルールの必要性」


 プログラム9 「パネルディスカッション:日本の組込みソフトウェア産業の競争力」
■講演者
パネルリーダ:
  西 康晴(エス・キュー・シー)
パネルメンバ:
  杉浦 英樹(富士ゼロックス)
  居 徳華(華東理工大学教授)
  三浦 元(テクノホロン)
  飯塚 悦功(東京大学教授)

■ポジショントーク

【西】 パネリストのみなさん、それぞれのポジショントークをお願いします。

【杉浦】 組込みの世界で、日本は中国に比べて先行していると思いますが、これからはどうでしょうか。組込み制御ソフトと電気回路、メカとのインテグレーション、これは日本のお家芸であり、日本には瞬時のPDCAを回し、臨機応変に開発対象システムの制約を変化させる力があると思います。また、組込み領域でのプロフェッショナルになることが、組込みシステム技術をリーディングするための必須条件ではないでしょうか。
投資回収の視点からは、海外に生産拠点を移すことはありますが、新規要素技術や応用技術による高付加価値製品は日本で開発すべきです。リプロダクションは海外に任せ、その間に次の高付加価値製品を開発するという、好循環を生み出すことができればいいと思います。
日本人は、誰もがシステム全体をケアする心を持っています。責任感とプロフェッショナリズムをともに維持できるし、また、全体を見渡せる洞察力と専門知識があります。さらに、科学的思考の実践を尊ぶ環境と組織作りの下地も持ち合わせていると思います。無資源国家で経済力を保つには、技術や知的財産で繁栄する以外に道はありません。日本は、世界標準や業界標準の技術で物作りを進めるべきではないのです。でっぱった釘をどう見つけるかが、日本の生き残りのキーです。太い釘を見抜き、育成を支援する体制が必要です。SESSAMEは、日本独自の組込みソフト開発管理技術を育成すべきだと思います。

【三浦】 中国は脅威ではなく、相互に市場でありパートナーだと思います。中国の脅威と言いますが、外部の脅威うんぬんの前に日本が自滅する危険性だってあります。日本の製造業の中で、これまでソフトウェアの地位は一番下でした。それでも、QCDS全てを満たす製品はできてしまっています。これが問題です。非常に余裕の無い状況下での人海戦術が「なんだかんだ言っても、ソフト屋さんはちゃんと仕上げてくるじゃないか」ととらえられています。余裕の無い状態が続くようではソフト技術者自身のスキルアップが見込めません。システム開発のプロセスをだれが設計しているのかにも疑問を感じます。大規模複雑化するソフトウェアを含むシステム全体のプロセスが、適切に見積もり・設計・制御されないといつまで経ってもソフト屋は人海戦術から抜けられないと思います。システム全体のプロセスをきちんと管理でき、これら全体を統括するシステムエンジニア(プロダクションマネージャー)が存在し、そのもとでソフトウェア、電気、機械のエンジニアが対等な立場で製品の開発に携わるような体制に変化していかなければならないと思います。

【飯塚】 組込みソフト分野に限定せず日本の産業競争力という視点で考えてみましょう。世界に冠たる品質大国日本と言われてきましたが、日本が世界一だったのは、約500兆円のGDPの1/4程度を占める工業のうち、そのまた1/5〜1/6、結局GDPの高々5%程度の領域です。その日本の「ものづくり」の能力は、やはり落ちていると言わざるを得ません。高度成長期には、「追いつき追い越せ、もっともっと・・・、アメリカのようになりたい」といった明確な目標があり、ハングリー精神や改善意欲に満ちあふれていました。また、全員参加型の経営であり、一億総中産階級の意識があったし、高い知識レベル、高い意欲を持ち、作業・業務の内容・目的を理解し、業務に関わる標準の理解、品質意識、改善能力、創意工夫があったのです。
成功する組織の共通点は、やはり競争力のある製品を提供できる能力であり、そのためには

  1. 顧客に望まれるものを提供する、経営環境の変化を知る、社会のニーズ・価値観の変化を知るという「ニーズ適応」
  2. コアコンピタンスの自覚に基づく「誰にも負けない組織の能力」
  3. リーダーシップ、構成員の高い志気などの面で優れた「人材・人財」

が必要なのです。国レベルでも産業力に関わるコアコンピタンスの考察が必要です。日本の競争優位要因の第一は、未定義でも前進できる精神構造、苦しい中でも現状にあわせて何とかしてしまうコンカレントエンジニアリング技術、変更要求への柔軟な対応だと思います。第二は、多くの人が指摘する「こだわり」、つまりは極める、勤勉に徹底的に実施するという部分でしょう。

■中国は脅威か、否か

【西】 「中国の存在は日本にとって脅威である」といった悲観論、はたまた「日本はこのままでよい」「そうは言っても何とかなるよ」といった楽観論、両方がありますが、パネリストのみなさんはどう思いますか。

【杉浦】 中国のハングリー精神は怖いと思います。
【三浦】 中国は5歩くらい後ろにいると思っていると、次に振り返ったときにはすぐ後ろにいる、そういった勢いは感じますが、お互いに共存できると思います。
【飯塚】 競合しなければ脅威にはなりません。その国にあった産業に注力し、それで棲み分けできていれば脅威にはならないのです。しかしながら、組込みの分野ではぶつかる可能性はあります。中国人はアグレッシブで頭がよい、仕様がはっきりしているものについて、競争すれば負けてしまうでしょう。日本の得意な「何がなんだかわからないものを作る」ことを続けていれば勝てると思いますよ。

【居教授】 みなさんの「中国は脅威である」という発言に対して、シンガポールの首相が語った「中国は脅威ではなくチャンスだ」ということばを送りたいと思います。シンガポールの経済は現在低迷しており、中国を大きな市場だと考えています。組込みシステムについて言えば、日本にとって中国まさに「お客さん」です。中国では家庭電化製品は日本製品ばかりです。中国が豊かになれば、日本にとって、今の10倍の市場になります。中国の発展は日本にとっては成長する市場を意味します。前向きに考えてほしいと思います。中国はもうジンギスカンのようにはなりません。
中国の企業が力をつけると日本製品が売れなくなるとは考えないでほしいと思います。そうではなく、もっとよい製品を作って一歩リードすることを考えてください。一歩でもリードすれば、それは有利な点になります。中国はまだまだ子供、日本を倒すだけの力はありません。
ビル・ゲイツはインドはソフトウェアのサービスを提供し、中国はR&Dを提供して欲しいと言っています。みなさんには中国で製品を作って、中国で売ることを考えて欲しいと思います。現地で開発し、現地で生産したほうが市場のニーズにあった製品を作ることができます。
また、日本は中国の安い労働力にしか注目していないように見受けられます。これには不満を感じています。日本はもっと上のレベルを目指すべきです。役割分担をした方がよいのです。今はグローバルな時代ですから、生産は世界の中のどこで行ってもいいのです。大事なのは市場なのです。

■日本の強み・弱みは何か

【西】 日本の強み・弱みは何だと考えますか?
【杉浦】 ドイツやアメリカでは産学協同の研究が盛んに行われていると聞きます。今日の東海大学の清水先生のお話にもあったように日本ではこのような大学と民間が共同で研究を行い、国の産業の基盤にするといった取り組みがまだまだ少ないと思います。「組込みってこんなに楽しいんだよ」ということを伝えるような仕組みが、今の日本の技術系の大学には欠けているのではないでしょうか。
【三浦】 日本の製品は品質に強いと思います。日程のきつい中でも、技術者はリスクのあるポイントをかぎ分けてうまく対処しています。これはそれだけの技術者が現時点で居るということです。ここが日本の強みだと思います。ただそういった技術者は年齢層で言えば上です。若手をどうやって育てるかが大きな課題だと考えます。
【飯塚】 弱みは組込みソフトウェアが重要であることを国レベルで認識していないこと、強みはそれでも結構な組込みソフトウェア開発競争力を有していることでしょう。
【杉浦】 標準といったものがなまじあると、それがきちんと制定されるまで待ってしまう。標準などあまり重視しないで、自分たちの基準で物作りをした方がいいのではないでしょうか。それができれば日本の強みになると思います。

■日本と中国の協調について

【西】 日本と中国が一緒にやっていくにはどうすればよいと思いますか。
【三浦】 日本は日本、中国は中国でものつくりをした方がよいでしょう。製品の中で、日本はハード、中国はソフトと分担するのは非現実的です。
【杉浦】 製品を中国に売るときに、中国市場が求めているユニークな部分は中国国内で開発した方がいいと思います。ベースとなる部分は日本で作った方がよいでしょう。
【飯塚】 日本の強みは、中級のソフトウェアエンジニアが多く、仕様が定義されていなくても物を作ることができる、また、開発プロセスを作ることができる点だと考えます。これからも、当たり前のことを、自然にちゃんとできる人材が必要です。このような人材を積極的に育てることができなければ日本の将来は危ういのです。

■日本の組込みソフトウェアエンジニアの教育について

【西】 杉浦さん、ポジショントークのところで、でっぱった釘、太い釘のお話がありましたが、もう少し詳しく教えてください。
【杉浦】 でっぱった釘、太い釘を育てることが大事です。出っ張った釘を打たないで、抜かない程度に刺激して、もっとでっぱらせた方がいいと思います。少し打って、太くしてやることも大事です。今までも方法論を肯定しつつも、もっといい方法を考え、全体を太くしていくことを考えていくべきでしょう。
【西】 太い釘を育てる工夫は何かあるでしょうか。
【三浦】 人事考課制度を工夫することが効果があると思います。

■SESSAMEの役割について

【西】日本の組込みソフトを発展させるためには何をすればよいでしょうか。またそのためのSESSAMEの役割は何でしょうか。
【三浦】 SESSAMEの柱である中級技術者教育は大変重要ですが、最終的には製品開発の全体を見渡すことのできるシステム屋を育てることが必要です。
【杉浦】 産学共同のコラボレーションをもっと積極的に行うべきです。各企業はもっとデータやノウハウを公開し、みなが同じ土俵で語るべきだと考えます。
【飯塚】 これからは日本の大学も競争の時代になります。4年間で組込み技術者を育てますといった教育をしていかなければなりません。組込みソフトはあらゆる製品いや社会の基盤になる重要な要素です。組込みにおける日本の国際的な役割を明確にし、組込みソフト技術者を育成していくのがSESSAMEの役割です。

■居先生からのコメント

【西】 居先生、本日のワークショップに対してコメントをお願いします。
【居教授】 SESSAMEのワークショップに参加して、今日はいい勉強になりました。中国は大学における教育も政府が積極的に協力し支援していきます。今日学んだ優れた日本の技術者教育のノウハウも、すぐに持ち帰って生かしたいと思います。ありがとうございました。


第1回 組込みソフトウェアに関する教育・育成ワークショップに関するご意見、ご感想は  までお願いいたします。


OpenSESSAME Workshop 2003 Report は組込みソフトウェア管理者・技術者育成研究会(SESSAME)が著作権を所有しています。 本レポートの全体または一部を複製、利用をされる場合および報道を目的とした公開の際には、あらかじめ組込みソフトウェア技術者・管理者育成研究会(SESSAME)の事務局から承諾を受ける必要があります。